ベルリン映画祭です。若松孝二『キャタピラー』鑑賞

Transmedialeの記事を執筆中ですが、記憶が冷めてしまわないうちに、若松孝二キャタピラー』の感想を簡略ながら。

※ここでは特に物語のあらすじに触れません。詳しくはオフィシャルサイトを御覧下さい。

率直な感想を一言で言うと、とにかくエグく打ちのめされた。『連合赤軍』で見せた長時間に渡る不条理なリンチシーンとは対照的に、映画全篇を通して描かれる"虐待"シーンは、"虐待"する/されるだけの背景と葛藤がはっきりと描かれており、救い様の無い結末には最後まで拍手を忘れるぐらい圧倒された。

個人的に興味深く思ったのは、物語が1945年で終了する点。もしこの話が、あと5年、10年続いたらどうなっていたんだろう??それが描かれることによって『連合赤軍』でも掘り下げた「日本文化特有の精神支配構造」といった部分がより明確に描き出されたんではなかろうか、とも思った。しかし、よくよく冷静に考えてみると、"外と家"、"本音と建前"、"お国のため"といった「日本特有の精神支配構造」に因り起こる現象は、あくまで物語を描く上でのフレームに思えてきた。描いている分量からすると目を背けたくなるぐらいの残虐な現実が圧倒的な量で、その中に立ち現れる二人の心の葛藤や揺れを描くことの方が主眼にあったんだろうな、という気もしてきた。

また、自分の親の世代は、こういった現実がもっと身近にあった世代だったよな、ということも思い出した。いや、自分たちの子供の頃ですら、戦争の後遺症というのは、そんなに遠い昔の話ではなかった様な気がする。それともあれはベトナム戦争直後の記憶だったのだろうか?

それはそうと、若松孝二さん、いやその他誰でも良いです、丸谷才一の『笹まくら』を映画化してくれないだろうか。